午年に進雄神社の神馬を訪ねて|動き出したい年に、立ち寄りたい場所【ぐんま観光県民ライター(ぐん記者)】
午年に「動く力」を授かる。進雄神社に息づく健康を願う神馬像
<進雄神社でお参り。上州神社巡拝「神玉」御朱印のイラスト看板が目を引く>
進雄神社は高崎市の住宅街にありながら、境内には木々が広がり、静かな佇まいを見せる神社です。青銅製の神馬像が祀られているのは、鳥居をくぐった参道の左手側。この神馬像には「足腰丈夫は薬いらず」という言い伝えがあり、健脚や健康を願う人々に親しまれてきました。足や膝など自分の気になる箇所と神馬像の同じ場所を撫でると、ご利益があるとされています。

<宮司ご協力のもと撮影させていただきました>
宮司によると、病気平癒のお参りとあわせて神馬を撫でた参拝者の母親が回復し、感謝の気持ちを神前に納められたこともあったそうです。今では東京からもバスで訪れる参拝者がいるなど、幅広い方々の信仰を集めています。
神馬はなぜここに?1150年以上続く進雄神社の歴史と馬への思い
<厄除けや病気平癒のお守りが取り揃う>
進雄神社の創建は貞観11年(869年)。疫病が蔓延していた平安時代、清和天皇の勅命により、愛知県の津島神社から速須佐之男命(すさのおのみこと)を勧請して創建されました。以来1150年以上、疫病退散・健康祈願の神社として地域に根付いています。
神馬は、平成14年(2002年)の午年に富山県高岡市で製作され、神社創祀1130年と宮司奉職50年を記念して奉納されたものです。伊勢神宮など大きな神社では生きた馬が「神様が乗る馬」として飼われていますが、進雄神社で生きた馬を飼うことは難しいものでした。

<午年に奉納された神馬像>
それでも先代宮司は「神前に神馬を迎えたい」という思いを長年抱いてきました。その願いが形となり、今の神馬像が境内に迎えられたのです。
誰もが気持ちよく。参拝者に寄り添う進雄神社の境内づくり
<美しい花手水で手を清めて>
「まず神様にお参りいただいて、そのうえで狛犬やお馬さんなど、神様にご縁のある存在や神域の雰囲気を感じていただければ。参拝された皆様に、気持ちよくお過ごしいただければと思っております」
宮司の言葉からは、神様への敬意と参拝者への思いが伝わってきます。神馬に触れる際にも特別な作法はなく、自然な形でお参りできます。

<本殿前のスロープ。社務所に行きたいときも段差なく行ける>
そうした考えのもと、進雄神社は境内の整備にも力を入れてきました。段差を少なくし、年配の方や子ども、病気平癒の祈祷に訪れる方でも歩きやすい造りにしています。平成3年(1991年)には総檜造りの御社殿が新築され、平成28年(2016年)にはスロープやバリアフリートイレ、ベビールームも設置されました。
干支にちなんだ進雄神社ならではのお参りと特別な御朱印
<天神塚の入り口>
進雄神社には、干支にちなんだ参拝の楽しみ方があります。本殿での参拝後は、境内東側にある「天神塚」に足を運んでみましょう。天神塚には、十二支に対応した12の石宮が並びます。自分の干支にお参りした後、その年の干支の石宮にも参拝する「ダブル参拝」がおすすめです。
参拝後は神馬にも立ち寄り、自分の気になる部分(足首、膝、腰など)と同じ場所を優しく撫でながら、健康を願います。堅苦しい作法は必要ありません。

<2026年の御朱印>
また進雄神社では、群馬県の「神玉巡り」や高崎市内10社を巡る「高崎午年御朱印巡り」(2026年6月末まで)も実施されています。10社すべてを参拝すると「達成証」がもらえるので、午年の記念として巡ってみるのもいいでしょう。
白孔雀と孔雀に出会う。進雄神社に息づくもう一つの象徴
<白孔雀に会いに行きたい>
進雄神社の境内で、もう一つ印象的なのが神社の奥にいる孔雀と白孔雀です。白孔雀は神玉のデザインにも用いられ、進雄神社の象徴の一つとなっています。孔雀たちがいるのは、境内左の社務所からロビーを抜けた先です。運が良ければ、羽を広げた優美な姿を見られるかもしれません。

<社務所の前に飾ってある大きな神玉。白孔雀が描かれている>
神社への参拝だけでなく、孔雀に会えることも、友人同士や子どもたちにも親しまれている理由の一つです。孔雀に出会えた参拝者の笑顔や明るい声が、境内で特に印象的でした。神馬の力強さとは対照的に、癒しを感じさせてくれる白孔雀。無料で見学できるので、参拝の折に気軽に会いに行けます。
進雄神社で神馬に触れ、自分の体と向き合う時間は、新しい一年を力強く過ごすためのきっかけになるはずです。
健康や行動力を願う人はもちろん、少し立ち止まりたい人にも寄り添ってくれる身近な神社。健やかな身体と前向きな心を願いに、足を運んでみてはいかがでしょうか。
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杜澤こさゆ