洞窟の中に観音様?人工物に込められた想いに触れながら、清涼感ある洞窟観音を歩く【ぐんま観光県民ライター(ぐん記者)】
更新日: 2026年07月27日
洞窟観音とは、高崎市の呉服商・貿易商であった、創設者・山田徳蔵(1885~1964)が手作業で作り上げた、人工の芸術作品です。「財を私せず」の精神で始まった洞窟観音は、つるはしとスコップの手作業で、なんと約450mもの距離を掘り進めました。洞窟の中には、彫刻家・高橋楽山による、39体の観音様を安置しています。洞窟観音の他にも、徳明園や山徳記念館など、見どころがたくさん。ひんやり涼しく、時に熱い想いのこもった洞窟観音を、私と一緒に歩いてみませんか?
バスでたどり着いたのは
<ぐるりんバスで片道200円>
今回は高崎駅からバスに乗って、目的地を目指します。バスに揺られているだけで、遠足気分です。狭い車内のあちこちから聞こえる賑やかな声が、気持ちを盛り上げてくれます。
ぐんぐん山を上り、17分ほどで到着。自然豊かな道「羽衣線」の道中に、ポツンとバス停が。降りると、鳥の鳴き声と、葉っぱが風に擦れる音が、耳をくすぐってきました。

<赤い矢印の先、右手側に坂道が続いています>
「この坂道を登るのかな?」
急な坂を見て、思わずひとり言。荒い息遣いで登りきり、入り口に辿り着きました。すごい! むき出しの自然に、じっと見入ってしまいます。

<壮大な壁>
今回、案内をしてくださるのは、4代目・山田徳蔵である、洞窟観音の当主です。創設者・山田徳蔵から見て、現在の当主は曾孫に当たります。
早速、洞窟に足を踏み入れる前に、
「よく勘違いされるんですけど、洞窟の上も、人の手によって作られているんです」
との言葉。先ほど、私が「むき出しの自然」だと思った壁は、溶岩が積み重なっており、その一つ一つに人の手が宿っていました。その光景に、驚きを隠せません。

<人の手によって作られています>
涼しい洞窟の中で
<薄暗く、ひんやり涼しい>
洞窟の中はひんやりしていて、中を歩き出すと、反響する自分の足音とともに、「ぼぉ」という音が、耳に届きます。気温は18〜19℃まで下がっているそう。初夏の熱気にさらされた肌が、ひんやりと冷気に撫でられ、落ち着いていくようです。
山田徳蔵は新潟県柏崎市出身。群馬に移り住み、高崎市で呉服商を始めました。実は、私も新潟県出身で、時代は違いますが、遠い地で同郷に出会えたような高揚感がありました。しかも、観音様を制作した、彫刻師・高橋楽山も新潟県出身だそう。思いがけず、自分との共通点を知り、洞窟での道のりがますます楽しみです。

<竜頭観音。背景に竜がいるのが分かりますか?>
数歩進むと、彫刻作品がそれぞれ顔を覗かせます。立体感があり、細部にまでこだわられているのが分かります。当主が仰るには、彫刻作品だけでなく、背景との調和も計算されているようで、その話を聞いてからじっくり観察すると、世界観がより確立されているのが伝わりました。
観音様には、それぞれ丁寧な解説文が付きます。これは、当主が年月をかけて書いたものです。「誰が読んでも分かるように」との願いが込められているそうです。冷静な情報だけでなく、当主から見て曽祖父に当たる、創設者への熱い眼差しが込められているのが読み取れます。

<QRコードで英訳もご覧になれます>
観音様を見て、驚いて。さらに、解説文を読んで、感動して。その繰り返しが、出口までの歩みを楽しませてくれます。
洞窟観音は、そのほとんどが「人工物」だと言います。しかし、ここでいう「人工物」とは、言葉通り「人が作った物」というだけでは足りず、「何もないところから、人が想いを込めて作り上げた物」という解釈が相応しいのだと思いました。

<ラストにかけて、大物作品が待っています>
徳明園で自然を楽しむ
<緑が眩しい>
洞窟観音の隣にある徳明園は、洞窟を掘った際に出た土が再利用されています。地形は、池を中心に斜面で囲われているため、高低差のある景色が楽しめます。これも、人工による斜面です。それから、乾燥した群馬では珍しく、苔が生えるのだそう。夏は苔と青紅葉、秋は紅葉が生い茂る、癒しスポットです。

<深呼吸したくなる庭園>

<この斜面も人工です。楽山の作品も並んでいます>

<枯山水もあります。優美です>
庭園を奥に進むと、山田徳蔵が晩年過ごした邸宅もあり、その縁側に腰掛けることもできます。ここから、どんな想いで、彼は庭園を眺めていたのでしょうか。その眼差しを思うだけで、庭園がなんだか誇らしく見えました。
用意された座布団にちょいと腰掛けて、ほっとひと息つくのもいいですね。気ままに流れるそよ風に身を任せるのもいい。人の手のこもった庭園は、ここまでたどり着いた私を、手を広げて歓迎してくれているようでした。

<縁側でほっと一息>
山徳記念館でストーリーを知る
<山徳記念館>
続いて、山徳記念館に入りました。ここでは、山田徳蔵の功績が分かります。ここまでの情報では、「洞窟観音を掘った呉服商人」という印象で止まっていませんか?
中に入ると、山田徳蔵が政界や財政界に必要不可欠な存在だったことが伝えられています。その資料には、歴史上の人物が登場するので、学生時代の知識を引っ張り出して見入ります。
当主が仰るには、私がバス停を降りた「羽衣線」にも、山田徳蔵が関わっていたそう。聞いていて、思わず「え!」と声が出てしまいました。道路にまで尽力していたなんて。彼の功績を、より身近に実感することができました。

<「山徳呉服店」の看板です>
山田徳蔵のストーリーを知ってから、これまでの道のりを思い返すと、洞窟観音は彼の一部であり、全てであったのかもしれないなと思いました。
『子孫に残す金があったらそれを投じて世の中に尽くすのが真実の人間である』
これは、洞窟観音のラストに書かれていた、「時事新報群馬版(昭和10年7月18日付)」の一節です。彼は私財を子孫のために残すのではなく、世のために使うことを選びました。
「どんな想いで、洞窟を掘っていたのだろう?」
長く暗い洞窟を歩きながら、その疑問が私の頭で大きくなっていました。どうして、手作業で洞窟を掘ったのだろうか。
その答えはあまりにもシンプルで、偉大で、温かい。彼の言った、「世の中」の意味を考えると、胸をギュッと掴まれるようでした。

<見るもの全てに、想いがこもっている>
全てを回り終わった私は、異世界にトリップしたようで、ぼうっとしていました。全ての施設から感じるのは、「楽しんでほしい」という純粋な願い。彼の想いが形作った作品を見るたびに、口から「はぁ~」と、感動がこぼれていました。

<記念撮影にどうぞ>
自然豊かで、涼しくて落ち着く空間。だけど、ここはただの避暑地ではありません。それは、見た者の心の奥に、熱いモノが引火するような、山田徳蔵の夢追う生き様に、とことん魅せられる場所。皆さんもぜひ、想いのこもった洞窟に足を踏み入れてみてください。
おまけ
当主が説明してくださる際、「おじいさん(創設者)、カッコいいですよね!」と、ぽろっと仰ったのが、とても印象に残っています。
私財を子孫のために残すことよりも、社会のために使うことを選び、こんなに素晴らしい洞窟観音を残しました。その想いを子孫に受け継いでもらえた創設者の気持ちを想像すると、また胸が熱くなるのでした。
インフォメーション
洞窟観音 徳明園 山徳記念館
住所:群馬県高崎市石原町2857
電話:027-323-3766
営業時間:平日:10:00~15:30(15:00最終入園)、土日祝日:10:00~16:30(16:00最終入園)
定休日:不定休 ※休園の最新状況はホームページTOPで告知
料金:【夏季】大人900円/小人(小・中学生)500円
【冬季】大人700円/小人400円
【団体】大人600円/小人400円(夏季・冬季共通)
Instagram:@doukutsukannon
たかざわ