水の記憶をたどる、群馬にある「世界かんがい施設遺産」【ぐんま観光県民ライター(ぐん記者)】
織田家ゆかりの「雄川堰」
(画像提供:甘楽町教育委員会)
「世界かんがい施設遺産」は、「国際かんがい排水委員会」が、建設から100年以上経過し、かんがい農業の発展に貢献したもの、卓越した技術により建設されたもの等、歴史的・技術的・社会的価値のあるかんがい施設を登録する制度です。現在、群馬県では、雄川堰、長野堰用水、天狗岩用水が選ばれています。
雄川堰は2014年に登録された世界かんがい施設遺産の他に、以下のような数々の選定も受けています。
1985年:日本名水100選
1995年:水の郷100選
2006年:疏水100選
2010年:土木学会推奨土木遺産
雄川堰の歴史は古く、開削の時期は不詳ですが、小幡藩の三代目藩主である織田信昌の治世(1626-1650年)に現在見られる姿に改修されたと考えられ、「大堰」と呼ばれるメインの水路とそこから取水される「小堰」と呼ばれる水路網から構成されています。雄川堰の始点は稲含山から流れる雄川にかかる翁橋の下手にある堰堤から取水され、その終点は鏑川となっています。そして、その水は、武家屋敷地区と町屋地区の生活用水や非常用水となり、さらに農業用水として110haもの水田を潤しています。
<武家屋敷地区をいく雄川堰>

<町屋地区を流れる雄川堰>
雄川堰は「吹上の石樋」で堀沢川と交差しています。この石樋は、平坦で巨大な緑色片岩7個を組み合せ構築されていて、側壁の石が倒れないように4本の四角柱の石で支えています。これらの石は精密に加工され、当時の加工技術の高さが伺えます。

<7枚の大きな石からなる吹上の石樋>
雄川堰は、武家屋敷地区において3ヶ所の取水口から取水された小堰により、分流と合流を繰り返し、楽山園や松浦氏屋敷などへ水が引かれています。取水口は、上流から順に一升枡(約1.8L)の大きさである「一番口」、五合枡(約0.9L)の大きさである「二番口」、三合枡(約0.54L)の大きさ「三番口」と呼ばれています。

<一升枡の大きい一番口>

<五合枡の大きさの二番口>

<三合枡の大きさの三番口>
雄川堰には食材や器具などを洗うための洗い場が設けられ、石段で下りることができます。現在でも町屋地区だけで47ヶ所もの洗い場があり、器具の洗浄などに利用しているそうです。また、「スクリーン」と呼ばれる金属製の柵を設置し、流れてくるゴミを取り除いています。これらの管理は雄川堰水利組合や住民の方々によって支えられ、美しい景観や水質が維持されています。

<古くは食材や器具を洗っていた洗い場>

<流れてくるゴミを取り除くスクリーン>
雄川堰観光のベストシーズンはなんと言っても桜の季節とのことで、例年、「さくらウオーク」、「城下町小幡さくら祭り」、「甘楽町さくらマラソン」などが開催されています。これらのイベントは、町屋地区の雄川堰と桜並木を中心に催され、多くの人で賑わいます。

<城下町小幡さくら祭りの武者行列>
(画像提供:甘楽町教育委員会)

<甘楽町さくらマラソン>
(画像提供:甘楽町教育委員会)
さくらウオークについては、「桜舞う甘楽、歴史の道をゆく」をご覧ください。
https://gunma-kanko.jp/features/456
雄川堰は、織田家ゆかりの歴史的背景が特徴であり、周囲には楽山園など歴史的な施設も多く、当時の面影を多く見つけることができます。また、維持・管理に、甘楽町だけでなく、地域住民などが深く関わり、雄川堰に対する想いが感じられることも、大きな魅力だと感じました。
水争いを解決した円筒分水堰の「長野堰用水」
<烏川からの取水口である頭首工>
(画像提供:長野堰土地改良区)
2016年に「世界かんがい施設遺産」に登録された「長野堰用水」は、初代高崎城主である井伊直政が、1598年に高崎城の築城に際し、高崎城の濠や城下町への分水のために利用した歴史を持ちます。現在では市街地化により高崎市内の水田は減少していますが、今も約430haの水田に農業用水を供給しています。
1972年に設置された「長野堰頭首工」により烏川から取水(最大:5.787トン/秒)された長野堰用水は、「小堀川サイホン」や「榛名白川サイホン」を通り、それぞれの河川の地下を流れていきます。

<長野堰用水が地下へ吸い込まれる小堀川サイホン>

<長野堰用水が潜る榛名白川サイホン>
長野堰用水は、円筒分水堰によって倉賀野堰、地獄堰、矢中堰、鳴上堰に分水されます。かつて干ばつなどの際に、堰での分水量について農民の争いが絶えなかったそうです。そこで、解決策として、円筒分水堰が考え出されました。この堰では、円筒の中心から水を湧き出させ、外縁部から越流する水を仕切ることで公平に分水する仕組みとなっており、1962年に建設されています。

<公平に分水する円筒分水堰>
(画像提供:長野堰土地改良区)
円筒分水堰から分水された倉賀野堰と矢中堰の上方を、岩押堰から流れる水の水路が立体的に交差し、それぞれの用水が異なる目的地へ流れていきます。

<水路の立体交差>
高崎城址公園の濠へは、「新井堰」から分水されています。長野堰用水は、農業用水としての役割にとどまらず、高崎市市街地一帯の防火用水や環境美化用水としても活用され、市民の暮らしを支えています。

<高崎城址公園の堀へも水を分水する新井堰>
長野堰用水沿いには、遊歩道や「ポケットパーク」と呼ばれる小さな公園が整備され、桜やハナミズキなどの木々が数多く植えられています。これらの木々の変化や季節の花々が長野堰用水の四季に彩を添えてくれます。

<長野堰用水に沿った桜の遊歩道>
(画像提供:長野堰土地改良区)

<ハナミズキで彩られるポケットパーク>
(画像提供:長野堰土地改良区)
「長野堰土地改良区」と「長野堰広域協定運営委員会」では、「長野堰を語りつぐ会」の講師によるまち歩きツアーを毎年11月に開催しているそうです。長野堰用水の歴史や、高崎との関わりについて学ぶことができます。

<講師から説明を受けるまち歩きツアーの参加者>
(画像提供:長野堰土地改良区)
長野堰用水の魅力は、農業用水としての役割だけでなく、高崎市街地に寄り添う身近な水辺空間として、市民の憩いの場になっていることだと感じました。また、円筒分水堰という特徴的な施設に加え、周囲の花壇などが丁寧に手入れされている様子からも、地域に愛されていることが伝わってきました。
天狗が助けた「天狗岩用水」
<坂東橋に架かる坂東大堰取水合口>
2020年度に「世界かんがい施設遺産」に登録された「天狗岩用水」は、総社藩主・秋元長朝が1602年〜1604年に開削した用水路です。農民に免租を条件として工事に参加を呼びかけ、総出で開削されたと伝えられています。しかし、その工事は難航を極め、取水口付近の巨石を天狗が取り除いたといわれるほどの難工事であり、それが天狗岩用水という名前の由来となっているそうです。
本来、天狗岩用水は利根川から八幡川との合流までを指し、その先から烏川の落水口までを「滝川」といいます。農業用水としては滝川流域で利用されているため、かんがいの観点では滝川も天狗岩用水の一部とされています。渋川市で取水された水は、吉岡町を流れ、前橋市、高崎市、玉村町へと広がる約1,571haの水田を潤しています。

<天狗岩用水は八幡川に合流し滝川になります>
取水された水は、「沈砂池」と呼ばれる施設で水の流速を落とし、一緒に流れてくる砂などを沈殿させています。

<砂などを沈殿させる沈砂池>
(画像提供:天狗岩堰土地改良区)
水量を調整する「吉岡制水門」を過ぎると、用水路沿いには桜並木が続きます。春には見事な花が咲き、遊歩道を歩く人々の目を楽しませてくれることでしょう。

<吉岡制水門>
天狗岩用水には、吉岡川と午王頭川をまたぐ2カ所の水路橋があります。長野堰用水がサイホン式を採用しているのに対し、水路橋で河川を越える構造は対照的です。また水路橋周辺に遊歩道があり、そこから水路を見ると水面が近く、迫力を感じられます。

<吉岡川水路橋>

<午王頭川水路橋>
滝川には利根川へ水を流す放水路が2カ所あります。大雨時など、水量が増えすぎた際に余分な水を放流する施設です。一つは前橋市石倉町に、もう一つは高崎市西横手町にあります。

<滝川から利根川への放水路である滝川第一放水路>

<左側に分水されると滝川第二放水路>
また、滝川には農地へ分水するための堰が数多くあります。その一つが、高崎市上滝町にある「榎町堰」です。ここで分水された水は、玉村町の農地を潤しています。赤色の堰なので、遠くからでも目立ちます。

<榎町堰で分水された水は玉村町の農地を潤す>
天狗岩用水について詳しく知りたいなら、前橋市総社町にある「前橋市総社歴史資料館」がおすすめです。館内には天狗岩用水の展示コーナーがあり、その歴史や仕組みについて学ぶことができます。

<前橋市総社歴史資料館には天狗岩用水開削のジオラマも展示>
資料館の隣に天狗岩用水を作った秋元長朝の菩提寺である「光厳寺」があり、境内には、農民たちがその功績をたたえて建てた「力田遺愛碑」があります。当時の封建社会では農民が藩主をたたえた例は珍しく、この碑を建てる際には農民が米を出し合ったといわれています。

<秋元長朝の菩提寺である光厳寺>
総社公民館では、隔年の11月第二日曜日に「総社秋元公歴史まつり」が開催されています。光巌寺から武者行列が出陣し、地域に数多く残る史跡や文化財を巡り、その歴史に親しむことができるイベントです。

<総社秋元公歴史まつり>
(画像提供:天狗岩堰土地改良区)
光厳寺から5分ほど歩くと、天狗岩用水の遊歩道があります。緑豊かで木漏れ日が心地よい散策スポットです。

<天狗岩用水沿いの遊歩道>
さらに上流へ進むと、群馬県初の水力発電所跡「植野発電所遺構」があります。天狗岩用水の勾配を利用し、50kWhを発電していたそうです。実際に歩くことで、その高低差を体感できます。群馬県では現在、この跡地に「天狗岩総社発電所」を整備する計画です。

<用水の勾配を利用した植野発電所の遺構>
私が天狗岩用水を巡って感じたのは、そのスケールの大きさです。滝川は群馬県が管理する一級河川でもあり、農業用水の供給範囲は3市1町に及びます。さらに、歴史資料館や発電所跡など関連施設が比較的近距離に集まっているため、歴史散策としても楽しめる点が魅力だと感じました。
天狗岩用水の散策については、「天狗岩用水に沿って変化に富む散策を楽しむ」をご覧ください。
https://gunma-kanko.jp/features/120
世界かんがい施設遺産の3施設はいずれも先人の英知と努力の結晶であり、未来に残したい施設です。三者三様の魅力があり、何よりも水のある風景に心が和みます。ぜひ実際に足を運び、その歴史や風景、水の流れに触れてみてください。きっと、心が癒やされるはずです。
インフォメーション
雄川堰
甘楽町 建設課 建設係
住所:〒370-2292 群馬県甘楽郡甘楽町大字小幡161-1
電話:0274-64-8321
業務時間:8:30~17:15
定休日:土曜、日曜、年末年始
HP:https://www.town.kanra.lg.jp
長野堰用水
長野堰土地改良区
住所:群馬県高崎市請地町13番地
電話:027-322-2249
業務時間:8:30~17:15
定休日:土曜、日曜、祝日
HP:http://naganoseki.or.jp/index.html
天狗岩用水
天狗岩堰土地改良区
住所:群馬県前橋市新前橋町14-40
電話:027-251-4937
業務時間:8:30~17:00
定休日:土曜、日曜、祝日
HP:https://tenguiwazeki.jp/index.html
前橋市総社歴史資料館
住所:群馬県前橋市総社町総社1584-1
電話:027-212-2558
営業時間:9:00~16:00
定休日:月曜(月曜が祝祭日の場合は、これらの祝祭日後の休日ではない日)、年末年始
福田 靖