高崎の根っこ、本町(もとまち)へ② ― 眠っていた建物が目覚める、民間リノベの現在地【ぐんま観光県民ライター(ぐん記者)】
薬局跡から生まれた、3つの物語
本町を歩いていると、老舗の看板と最近できたばかりの新しい店舗とが、隣り合っていることに気がつきます。その間には空き家や空き店舗もちらほらと目に入り、城下町の頃から続くこの通りが、今まさに表情を変えている最中だと気付かされます。
今回訪れたのは、同じ敷地の中にある3つのスポットです。大正時代に建てられた薬局跡で、1階にスペシャルティコーヒーを提供する「伊東屋珈琲 高崎店」、2階には会員制のシェアリビング「本町しもたや」が入っています。そして中庭の倉庫を改装して営業しているのは、焼き菓子とケーキの店「アンフルティエール」です。

大正の薬局がまちのリビングに変わった「本町しもたや」
<シェアリビングでは仕事や勉強だけでなく各々自由な過ごし方ができる>
眠っていた建物に息を吹き込んだのは、高崎の空き家に"可能性"を見出し続けてきた「まちごと屋」です。
2011年、仲間と市民大学「ジョウモウ大学」を立ち上げたことがきっかけで、活動拠点として元紺屋町の空き家を借りて改装。その延長線上で、2013〜14年頃にまちごと屋を設立しました。そんな彼らが本格的に手がけた最初の建物が、この「本町しもたや」でした。
まちごと屋がこの建物と出会ったのは2017年のこと。老朽化が進み、大家自身も手放しがたい思いを抱えていたこの建物を、自分たちで購入して活かす道を選びました。改装にかけた期間は半年ほど。「なるべく自分たちの手で」というスタンスで、床や壁塗りも自ら手がけたといいます。

<建物に残されていたオルガンもそのままインテリアに>
本町しもたやがあるのは、建物の2階です。コワーキングスペースの"リビング版"というコンセプトで、24時間365日、自由に使える会員制のシェアリビングが広がります。仕事や勉強はもちろん、ソファでうたた寝をしたり、友人と持ち込んだお酒を飲んだり。使い方は会員それぞれに委ねられていて、"仕事場でも家でもない"心を開放できる場所を目指しているといいます。
一目惚れした京町家とともに歩む「伊東屋珈琲」
<店頭にはさまざまな種類のコーヒー豆が並ぶ>
本町しもたやの階下、つまり1階に入っているのが、桐生で2店舗を展開していた「伊東屋珈琲」です。オーナーの高松美恵子さんは、3店舗目として小さなショップを出したいと考えていました。群馬県内では駐車場の確保が出店の前提になることが多い中、最初に目を留めたのがJR高崎駅周辺でした。車に頼らず、歩いて楽しめる街としての可能性を感じたといいます。
そんな折、スタッフを通じてまちごと屋の大澤さんとつながり、紹介されたのがこの物件でした。実は桐生の本店も、古民家を移築した建物。もともと京町家に強く憧れていたという高松さんは、想定していたJR高崎駅付近から離れた立地という懸念も忘れるほど、この建物のたたずまいに一目惚れしたそうです。
印象的なのは、かつての調剤室の造作をほぼそのまま活かした厨房です。この一角は、まちごと屋の大澤さんが「建物の一番の魅力」と見込んで手を加えなかった場所。その空気をそのまま受け継ぎながら、今日もお客さまを迎えています。

コーヒーへのこだわりも印象的です。国際的な品評会「カップ・オブ・エクセレンス」の採点方式にならい豆を厳選。あえて席数を絞り、コーヒースタンドのように片手にコーヒーを持って、ふらりと街に出る使い方をイメージしたといいます。

<コーヒーと一緒に、コーヒーゼリー入りの「カフェソフト」もおすすめ>
老舗の寿司屋やすき焼き店が根付くこの通り。高松さん自身、たまの外食では「こだわりを感じる、美味しい個人店を選ぶ」といい、この街の空気とも重なるように感じました。
実家のキッチンから始まった「アンフルティエール」の丁寧なお菓子づくり
アンフルティエールの菓子づくりを担うのは、奥原さん。実家にあった使われていないキッチンを借りて菓子づくりを始めました。
最初の販売の場は、まちごと屋が運営していたレンタルスペース。週1~2回、深夜から仕込みを重ね、朝方に完成した菓子を車で運んで販売するというスタイルでした。その後、大家さんの都合でレンタルスペースが使えなくなったタイミングで、まちごと屋から紹介されたのが今の場所です。もとは物置として使われていた建物で、草に覆われ、人も近づけないほどでしたが、「本町しもたや」と同様にリノベーションによって生まれ変わりました。

<取材日はあいにくの天気でしたが、雨の日もまた趣があります>
営業日には、奥原さんか共同経営者が必ず販売の現場に立ちます。菓子づくりと並行して店頭に立つのは簡単なことではありませんが、お客様のふとした表情や声を、自分の肌で感じていたいという思いからです。
効率や規模を追い求めすぎず、自分たちの手の届く範囲でこだわりを貫いていました。

<画像提供:アンフルティエール>
空き家という資源を、まちで"持ち合う"という発想
<まちごと屋で建築デザインを担当する佐藤さんと代表の大澤さん>
本町しもたや、伊東屋珈琲、アンフルティエールという3つの物語の起点にいたのは、いずれも「まちごと屋」でした。彼らはその後も近隣の複数の店舗のリノベーションを手がけていきますが、こうした成功の陰には、まだ動き出せずにいる建物も少なくありません。まちごと屋の大澤さんによると、この通りの空き家のうち10軒中8軒は、大家さんが「貸したくない」、あるいは「貸せない」と思い込んでいる状態だといいます。
そこで大切にしているのは、貸す意向のない大家さんを説得するのではなく、貸すことを諦めている人に具体的な提案をしていく姿勢です。
会員がお金を出し合い、空き家という資源を"自分たちの場所"として共有していく。それが本町しもたやのシェアリビングの仕組みであり、大澤さんはこれを「持ち合う」と呼びます。この発想で、「本町しもたや」は2021年にグッドデザイン賞を受賞しました。
「ここがリビング、ここは台所」というように、複数の建物が役割を分け合い、街全体がひとつの"大きな家"になっていく。そんな構想を語る大澤さん。その先に見据えるのは、いずれ自分たちが裏方に退いても、この街の商いが途切れず、次の世代へとバトンを渡していける仕組みづくりです。
大正時代の旧薬局と、その中庭にたたずむ旧倉庫。ひとつの敷地から始まった物語は、本町しもたや、伊東屋珈琲、アンフルティエールという3つの店を経て、この通り全体を巻き込む「持ち合う」というまちの姿へと広がっていました。
大きな資本で一気に作り変えるのではなく、ひとつの建物、ひとりの担い手から、少しずつ人とのつながりを紡いでいく。本町という通りが今静かに変わりつつあるのだとしたら、その原動力は、こうした小さな一歩の積み重ねなのかもしれません。
※この取材は2026年7月~8月に行いました。
インフォメーション
本町しもたや
住所:群馬県高崎市本町120-1
電話:027-395-4124
営業時間:24時間(会員制シェアリビング)
定休日:なし
料金:入会金10,000円/月会費 一般会員7,480円(県外在住5,060円)、学生会員3,740円
Instagram:@shimotaya.living
伊東屋珈琲 高崎店
住所:群馬県高崎市本町120
電話:027-329-6247
営業時間:10:00~18:00
定休日:火曜、水曜
Instagram:@itoyacoffee_official
アンフルティエール(an fruitiere)
住所:群馬県高崎市本町120(伊東屋珈琲 高崎店入口より入店)
営業時間:11:00~15:00(準備ができ次第開店、売り切れ次第終了)
定休日:不定休(詳細はHP・SNSでご確認ください)
HP:https://anfruitiere.com/
Instagram:@an_fruitiere
望月 優衣