小栗上野介の足跡と、倉渕の自然をめぐるウォーキングモデルコース

resize1.jpg

更新日: 2026年09月14日

榛名山の西麓に広がる、豊かな田園と山里の風景。ここ倉渕には、幕末の偉人・小栗上野介忠順が最後の日々を過ごした場所や、今もその足跡を伝える史跡が残されています。今回の旅は、そんな小栗公ゆかりの地を歩きながら、倉渕の自然、歴史、そして温泉まで楽しむモデルコース。「小栗公が愛した、そして最後の時を過ごした倉渕」。その答えを探しながら、山里の道をゆっくり歩いてみましょう。

※このモデルコースは、道の駅くらぶち小栗の里を拠点とした徒歩約3時間(見学・休憩時間を含みません)、13kmのコースです。

START|道の駅くらぶち小栗の里

道の駅にあるくらぶちマップ

 

〜関越自動車道・高崎ICから車で約45分〜

国道406号沿いにある「道の駅くらぶち小栗の里」は、倉渕散策の拠点にぴったりの場所です。蔵づくり風の建物には、倉渕の観光や歴史、文化に関する情報が集まっています。

 

倉渕のお土産や小栗公のグッズが並ぶ

 

倉渕産の新鮮な農産物やお土産、小栗上野介ゆかりのグッズなども並び、旅の前に立ち寄れば、この先の散策がもっと楽しみになるはず。 館内の食事処や2階の田圃カフェでは、小栗公の郷土料理「おっきりこみ」など、倉渕ならではの味も楽しめます。旅の身支度を整えて、いざ小栗公ゆかりの地めぐりに出発です。

小栗公が残した「水の道」|小高用水

国道406号、この看板のある小道を登っていく

 

〜道の駅くらぶち小栗の里から徒歩約18分、1.3km〜

国道406号から倉渕の山里を歩き、右手の山道山を登って行くと、民家の近くを流れる用水路があります。今も静かに流れ続けるこの水は、小栗公の功績をそっと今に伝えています。この一帯には水がなく、小至沢の源流から観音山まで水を引くため、小栗公は山の地形を測量し、水の通り道を探りました。

 

地域の暮らしを守る小高用水

 

そして水路を通すルートを見つけ、観音山へ水を引くことに成功したのです。横須賀造船所で学んだ「フランス式測量法」を取り入れながら、山里に新しい暮らしの基盤をつくろうとした小栗公。

 

この水路のおかげで、おいしい農産物が育つのだろう

 

その先見性を感じながら、今も地域に残る水の流れを眺めることができます。

 

やまあいを進むコース

 

次のスポットへはこのルートを使ってアクセスします。

 

新しい暮らしを夢見た|観音山小栗邸跡

屋敷跡にすすむ道

 

〜小高用水から徒歩約40分、2.6km〜

江戸を離れ、権田村に隠棲した小栗公。東善寺を仮住まいとしながら、観音山に宅地を造成し、田畑や用水路を整え、邸宅の建設を進めました。

 

広い敷地内には馬場跡も見られる

 

間口12間、奥行7間半、総二階建ての主屋が上棟するまで工事は進んでいましたが、完成を目前に邸宅は未完のまま、小栗は烏川の水沼河原で家臣3人とともに斬首されました。

 

建設予定地に並ぶ礎石

 

今は用水路の一部とわずかな礎石が残るのみですが、その場所には確かに、小栗公が描いた「これからの暮らし」の構想がありました。

 

顕彰会が建立した石碑

 

歴史の大きな転換点を、静かな山里で感じられる場所です。

静かに見守り続けて|延命殿と子守地蔵尊

国道406号で見つけた看板に導かれる

 

〜観音山小栗邸跡から徒歩約11分、700m〜

 

優しいお顔で見守ってくださるお地蔵様

 

この地蔵尊は、今から270年以上前に地域の火災・盗難除け、子どもの守護を願って祀られたといわれています。

 

壁には由緒などの説明板が見られる

 

長い年月を経て一度権田を離れたものの、「権田に帰りたい」という夢のお告げをきっかけに昭和5年に現在地へ戻され、今も地域の人々の安泰と子どもの成長を見守っているのだそうです。

小栗公が過ごした日々の舞台|東善寺

小栗公と塚本真彦の胸像が見られる

 

〜延命殿と子守地蔵尊から徒歩約4分、300m〜

ここは、小栗上野介忠順の菩提寺として知られる曹洞宗のお寺。慶応4(1868)年、江戸を離れた小栗上野介は、家族や家臣とともに権田村へ移り、約2か月間をこの東善寺で過ごしました。

 

家臣たちの墓も見られる

 

境内には、小栗上野介や養嗣子・小栗又一忠道、家臣たちの墓があり、遺品館・庫裡・本堂では、小栗公ゆかりの資料や遺品を見ることができます。

 

小栗公の本墓

 

「観音山に屋敷を築き、ここで新しい暮らしを始めようとしていた小栗公」は、この地でどのような日々を思い描いていたのでしょうか。 観音山小栗邸跡を先に訪れたからこそ、東善寺で見る歴史資料や墓所にも、また違った意味を感じられるでしょう。

山を仰ぐ大鳥居|角落山大権現大鳥居

風格のある鳥居

 

〜東善寺から徒歩約7分、500m〜

烏川を渡り、県道33号線を歩くと、右手に角落山大権現の大きな鳥居が姿を現します。ここは倉渕川浦地区にある、標高1,393m、角落山の山岳信仰に関わる場所とされています。登山道の入り口からは距離がありますが、大きな鳥居に思わず目を見張ります。

倉渕の自然を満喫|倉渕せせらぎ公園

こどもから大人まで楽しめる倉渕せせらぎ公園

 

〜角落山大権現大鳥居から徒歩約39分、2.7km〜

ここでちょっとひと息。美しい山々、澄んだ川、豊かな緑に囲まれた「倉渕せせらぎ公園」は、子どもから大人まで楽しめる憩いのスポットです。目玉はローラースライダー。

 

豊かな自然の中にある公園

 

山の斜面を滑り降りれば、倉渕の爽やかな風を全身で感じられます。 歴史をたどるウォーキングの途中で、自然の中でリフレッシュ。「歴史の倉渕」から「自然の倉渕」へ。ここでは少し歩くペースをゆるめて、山里の空気を楽しみましょう。

川辺に残るひとつの物語|姉妹観音

〜倉渕せせらぎ公園から徒歩約5分、350m〜

 せせらぎ公園からほど近い、相間川沿いに静かにたたずむ「姉妹観音」。 幕末の動乱の中、小栗家用人・塚本真彦の家族は、権田村から七日市藩へ逃れる途中、二組に分かれて行動することになりました。その逃避行の中で幼い姉妹が命を落とし、後にその冥福を祈って観音像が建立されたと伝えられています。穏やかな表情で川辺にたたずむ観音像。この静かな風景からは想像しにくい、幕末の倉渕で起きた出来事。小栗公の足跡だけではなく、そこに生きた人々の物語にも思いを巡らせる場所です。

歩き疲れた身体を癒してくれる|相間川温泉ふれあい館

倉渕を代表する温泉の一つ

 

〜姉妹観音から徒歩約14分、1km〜

歩いたあとの楽しみは、やはり温泉。豊かな自然に囲まれた「相間川温泉ふれあい館」では、茶褐色の天然温泉を楽しむことができます。日帰り入浴のほか宿泊も可能で、食堂やログハウス、バーベキュー場などのアウトドアも楽しめます。 相間川のせせらぎに耳を傾けながら、ゆっくりと身体を休めましょう。ここで湯と食事を楽しめば、旅の疲れもゆっくりとほどけていきます。

烏川のほとりの古社|水沼神社

どこか心惹かれるパワースポット

 

〜相間川温泉ふれあい館から徒歩約17分、1.4km〜

武神・経津主神(フツヌシノカミ)を祀る古社で、毎年10月には秋の宵祭りが行われ、獅子舞が奉納されることでも知られています。県道33号線沿い、烏川のほとりを歩くと一の鳥居が見えてきます。鳥居をくぐると、社殿が低い位置にある「下り宮」のような趣があり、二の鳥居の先に本殿が鎮座しています。

 

本殿の裏に祀られる祠

 

本殿の裏手には、数多くの石祠や道祖神が祀られており、境内には古くから続く地域の信仰を感じることができます。

小栗公、最後の場所へ|顕彰慰霊碑

地元の有志たちに建立された顕彰慰霊碑

 

〜水沼神社から徒歩約16分、1.3km〜

このコースの最後は、小栗上野介忠順ゆかりの「終焉の地」です。のどかな田園風景が広がる烏川沿いで、慶応4(1868)年閏4月6日、小栗上野介と家臣3人が斬首されました。その地には後に、地元有志らによって顕彰慰霊碑が建立され、「偉人小栗上野介罪なくして此所に斬らる」と刻まれています。

 

周辺にはのどかな田園風景が広がる

 

静かな烏川の流れを眺めながら、小栗公の最期と、その歴史を今に伝える地域の人々の思いに触れてみてください。

村の記憶を、未来へ|くらぶち道祖神公園

国道406号沿いにある道祖神公園

 

〜顕彰慰霊碑から徒歩約7分、500m〜

かつての倉渕村は、平成18年1月23日に高崎市と合併し、高崎市倉渕町として新たな歩みを始めました。「くらぶち道祖神公園」は、烏川のせせらぎを聴きながら、この地域がかつて「倉渕村」であったことに思いを馳せ、その歴史を後世に伝えることを願って建設されました。この山河に暮らす人々、そして、この地を訪れる人の憩いの場として誕生した公園です。

 

穏やかな表情を浮かべる道祖神

 

「倉渕村」の村章をモチーフに、道祖神サークルと未来レターサークルの二つで構成されています。道祖神サークルは古来からの時間を受け継ぎ、未来レターサークルは未来に時間を託すことを表現しています。

GOAL|道の駅くらぶち小栗の里

〜くらぶち道祖神公園から徒歩約5分〜

 スタート地点の「道の駅くらぶち小栗の里」へ戻ってゴール! 歩いたあとは、倉渕産の農産物やお土産を探したり、郷土料理を味わったり。旅の最後に、今日歩いてきた倉渕の風景を思い出しながら、もうひと休みしてみてはいかがでしょうか。