スイーツにトンネル熟成——老舗醤油蔵「有田屋」に流れる、挑み続ける気風【ぐんま観光県民ライター(ぐん記者)】

老舗醤油蔵「有田屋」

更新日: 2026年07月31日

たまたま前を通りかかり、落ち着いた土壁の建物とそびえ立つレンガの煙突に、思わず足を止めてしまいました。

 

中山道沿いに構える「有田屋」は、天保3年(1832年)に創業した190年以上の歴史を持つ老舗醤油蔵です。

 

ちょっと敷居が高そう……と思いながら扉を開けると、そこには明るくておしゃれな空間と、醤油スイーツが。時代の変化を敏感に捉えながら挑み続けてきた、その気風の秘密を探ってみました。

中山道に佇む190年超の風格ある建物

中山道に佇む190年超の風格ある建物

Photo by Masaaki Muraoka

 

別の機会にたまたま前を通りかかった際、思わず足を止めてしまったのがこの建物です。改めて取材で訪れ、じっくりと眺めているうちに、大豆と小麦が発酵する香ばしい香りがふわりと漂ってきました。

 

<深谷市でつくられたレンガでできているそう Photo by Masaaki Muraoka

 

敷地には、160年以上醤油を作り続けてきた石蔵と、かつて原料の処理から麹づくりまでを担った木造三階建ての建物が並びます。年月を経て黒ずんだ木肌は、アルコール発酵の証なのだそうです。こだわりの醤油を作り続けてきた場所にふさわしい、深みのある佇まいです。

 

Photo by Masaaki Muraoka

醤油だけじゃない、有田屋のオフィシャルショップ

有田屋のオフィシャルショップ

Photo by Masaaki Muraoka

 

有田屋を訪れてまず足を踏み入れるのが、オフィシャルショップです。木樽をモチーフにしたディスプレイに、有田屋の醤油全品と全国各地の蔵元醤油がずらりと並ぶ、「日本で初めてのしょうゆ専門店」ならではの空間。重厚な外観からは想像できない、明るくおしゃれな雰囲気に思わず驚いてしまいます。

 

Photo by Masaaki Muraoka

 

そしてふと棚に目をやると、醤油を使ったオリジナルスイーツも並んでいます。「しょうゆドーナツ」、「しょうゆマドレーヌ」、「しょうゆさぶれい」——どれも有田屋の天然醸造醤油を使ったこだわりの一品です。

 

Photo by Masaaki Muraoka

 

お土産にぴったりな天然醸造醤油せんべいも見逃せません。うるち米と醤油だけというシンプルな素材で作られた、他にはない味わいです。

 

このオフィシャルショップが生まれたのは2009年頃のこと。背景には、街道巡りブームで安中を訪れる旅人が増えていたことがありました。「この街は週末にお店が休みなところが多くて」と湯浅さん。せっかく興味を持って来てくれた人が立ち寄れる場所をつくりたい——そんな思いから、街道の茶屋のようなイメージで店舗営業を始めたそうです。

 

スイーツの誕生にも、思わず笑顔になるエピソードがあります。

 

「お正月の年始回りに醤油を持って行くのが重くて大変で(笑)軽いものがいいけれど、煎餅はもう地域の銘菓として有名だし…じゃあクッキーにしようと」

 

こうして生まれた「しょうゆさぶれい」が、日本醤油協会の「醤油名匠」で特別賞を受賞。それを機に、醤油スイーツの種類はぐっと広がっていきました。

受け継がれてきた、天然醸造へのこだわり

天然醸造へのこだわり

有田屋の醤油づくりのこだわりの一つが、もろみを木に直接触れさせないことです。醤油というと木樽で仕込むイメージを持つ方も多いかもしれません。木樽仕込みの魅力は、木材に住み着いた蔵付きの酵母が、醤油に独自の味わいや香り、深みをもたらすことです。一方で、木樽は木そのものの香りも醤油に移りやすく、仕上がりに影響することがあります。

 

そこで有田屋が選んだのが、地元の石を敷き詰めた土台の上に木で建て、壁に土を使用した石蔵による醸造方法です。木材を使った壁や梁には、長い年月をかけて蔵付きの酵母が住み着いており、木樽を使わずとも、ここでしか生まれない味と香りを育んでいます。

 

Photo by Masaaki Muraoka

 

もろみが醤油になるまで、最低2年。大量生産の醤油が10ヶ月で仕上がるのに対して、有田屋は四季の温度変化を受けながらじっくりと熟成を待ちます。この天然醸造一本に絞る決断をしたのは、現代表・湯浅康毅さんの父・太郎さんでした。大量生産の波が押し寄せた時代に、あえて真逆の道を選んだのです。「我々の強みって何?というところを研ぎ澄ましてきました。」大企業では真似できないことをやり込んでいく、極めていく——先代から受け継いだその信念が、今も有田屋の醤油づくりを支えています。

 

<先代の太郎さんが社会科見学に来る小学生のために作ったパネル Photo by Masaaki Muraoka

碓氷トンネル内で熟成させた「碓氷隧道仕込天然醸造醤油」

碓氷隧道仕込天然醸造醤油

Photo by Masaaki Muraoka

 

有田屋の醤油の中に、まるでワインのような、一見醤油とは思わないパッケージが目をひく一本があります。その名も「碓氷隧道仕込天然醸造醤油」。地元の遊休農地で育てた無農薬・自然栽培の原料を使い、安中市の碓氷峠に残る歴史的な碓氷トンネルの中で二次熟成させる、日本初の試みです。

 

このアイデアには、2つの着想がありました。ひとつは湯浅さん自身の原体験です。1997年、長野新幹線の開業とともに廃止された信越本線の横川〜軽井沢間。かつてその沿線に走っていた列車で、幼い頃から何度も碓氷峠を越えてきた湯浅さんにとって、碓氷トンネルは思い出深い場所でした。「自分のものづくりを通して、何か接点を持ちたいなとずっと思っていました」。

 

もうひとつは、海外の洞窟で作られるチーズからの着想。温度・湿度が安定した環境で食品を熟成させるという知恵を、トンネルで醤油に応用しました。

 

2021年から仕込みを開始し、創業190周年の2022年に初出荷。データを取りながら試験を重ね、蓋を開けてみると——トンネルの環境は「有田屋の醸造場とそっくりだった」と言います。外気温より510度低く、湿度が高い碓氷トンネルの環境が、有田屋の石蔵と似た発酵条件をつくり出していたのです。売上の一部は碓氷トンネルの保全にも寄付されていて、地域と醤油が互いに支え合う関係も心地良いですね。

この挑戦の気風は、どこから来たのか

挑戦の気風

Photo by Masaaki Muraoka

 

「初めてすることって、本当にワクワクするじゃないですか」

 

湯浅さんはそう笑顔で語ります。しょうゆ専門店、カフェ、そしてトンネル熟成。この尽きない気風はどこから来るのでしょう。その答えを探るうちに、湯浅一族の歴史にたどり着きました。

 

三代目の治郎は新島襄に師事し、安中教会の建設や同志社英学校の運営に尽力。群馬県第2代県会議長として廃娼条例の成立を後押しし、日本最初の図書館とされる「便覧舎」を安中に設立しました。弟の半月(吉郎)は日本最初の新体詩集を発表した詩人、長男・一郎は二科会の創立に参加した洋画家、そしてその弟の八郎は同志社総長として軍部と対峙し、国際基督教大学の初代学長に就任しています。

 

<昭和の時代の有田屋 画像提供:株式会社有田屋>

 

<今も変わらない店構え Photo by Masaaki Muraoka

 

醤油屋でありながら、教育を開き、文化を動かし、社会を変えようとしてきた一族。湯浅さんも幼い頃から、父・太郎さんに「醤油屋になる必要はない。ただ有田屋という名前だけは残してほしい」そう言われて育ったといいます。

 

枠にとらわれず、自分の責任で好きなことを極める——そんな気風が、代々この一族に受け継がれてきたのかもしれません。「コスモポリタン的な思考がある人たちだとは思います、たぶん」——飾らないその一言に、代々受け継がれてきた気風がそのまま表れているようでした。

 

Photo by Masaaki Muraoka

 

醤油スイーツにトンネル熟成——一見意外に思えるその挑戦の数々は、190年受け継がれてきた気風の表れでした。

 

有田屋は、醤油を通じて安中の歴史や文化にも出会える場所です。中山道沿いを訪れる際には、ぜひ立ち寄ってみてください。

インフォメーション

有田屋 本店

 

住所:群馬県安中市安中2-4-24

電話:027-382-2121

営業時間:10:00〜17:00

定休日:月曜・日曜・祝日

 

HP:https://aritaya.com/

Instagramaritaya_official_shop

望月優衣

望月 優衣

渋川市出身・高崎市在住のフリーライター。群馬県内の取材・インタビューを中心に、文章を仕事に楽しく生活しています。趣味は街歩きや美術館めぐり、ノープランの旅行です。