「谷川岳警備隊」の佐藤隊長に聞く「登山で遭難しないための準備と対処法とは?」|後編 【ぐんま観光県民ライター(ぐん記者)】

遭難しないための準備とは?山に入る前に勝負は決まっている!
<天神平からの登山口>
「遭難を防ぐ一番の方法は、事前に行きたい山について徹底的に調べることです。また、登山当日に向けた体調管理も重要です。睡眠不足は、判断力の低下や熱中症のリスクを高めますから。自分は大丈夫という根拠のない自信、つまり『油断』が一番の敵です」
佐藤隊長は、はっきりとした口調で語り始めました。
「山を調べれば、必要な装備や自分の体力に見合っているかがわかります。そして、登山届もぜひ出していただきたい。パーティーでの登山でも、リーダー任せにせず自分で調べてください。登山届を出せるなら、ルートや所要見込み時間をきちんと把握している証拠になります」
もしものとき家族から通報を受けて捜索する場合も、登山届が迅速な救助への大きな手がかりになるそうです。山を調べる際の情報収集にも、コツがあると佐藤隊長は言います。
「山や装備を調べる際は、まず情報が精査されたある程度万人向けのガイドブックで基本を押さえてください。そのうえで、インターネットの最新情報を加えるのが良いでしょう。ネットの情報には個人の感覚や価値観が反映されることも多いです。誰かが簡単と言ったルートでも、自分にとって同じ難易度とは限りません」
<画像提供:群馬県警察本部地域部地域課より アイスクライミング訓練>
もしも遭難してしまったら?遭難時の合言葉は「通報・待機・登り返し」
<画像提供:群馬県警察本部地域部地域課より 谷川岳一ノ倉沢(岩壁)での訓練>
では、万全の準備をしていても万が一トラブルに見舞われた際は、どのように行動すればよいのでしょうか。佐藤隊長に詳しく伺いました。
「一番良いのは、110番か119番にかけることです。道に迷って帰れなくなった場合も遠慮なく通報してください。水上交番に連絡していただいても受理はできますが、そのときに交番にいる人しか情報を受け取れないため、情報共有に時間がかかる可能性があります。緊急通報であれば県全体へ一斉に指令されるため、素早い初動が可能なんです」
携帯電話で連絡すればGPSで位置も判明しやすいため、救助の確実性も高まると佐藤隊長は続けます。
「通報すると、その場に絶対留まるようにと言われますので、指示に従ってください。道に迷った際も、基本的に動かないほうが良いでしょう。もし通報できない状態であれば、沢や尾根を下りるのではなく、登れる体力があれば登り返すのが最善です」
天候が悪化している場合は、安全な場所へ避難し身の安全を守ることも重要だそうです。
<画像提供:群馬県警察本部地域部地域課より 日光白根山での搬送訓練>
救助ヘリ出動!すぐに見つけてもらうには「光」と「動き」が重要!
<画像提供:群馬県警察本部地域部地域課より 県警ヘリとの訓練>
緊急通報が入ると、天候やヘリからの視界に問題がない限り県警や消防のヘリコプターが遭難救助に向かいます。救助される方の負担が少なく、すぐに病院へ搬送できるためです。
「ただしヘリを要請しても、万が一飛べない場合に備えて地上部隊も必ず同時に出動します。可能な限りヘリで救助しますが、救助要請が重なるときは近県のヘリを要請することもあります」
行方不明で携帯電話も繋がらない場合は、捜索人数を確保するため、役場の遭難対策救助隊に依頼することもあるそうです。捜索が決定すると、日当などの費用が発生します。
さらに、上空のヘリに自分の存在を知らせるための行動も聞きました。
「光るもので合図していただくのがおすすめです。ヘッドライトや、太陽光を反射させるような鏡などが良く、昼間の明るい時間帯でも光るものが一番見やすいと言われています。あとは、煙も視認性が高いです。さらに上空からは動かないものは見つけにくいので、大きく動作していただいたり、服や布を使って手を動かしたりすることも重要です」
<雲に覆われる山頂!天気はすぐに変わる>
谷川岳を知る佐藤隊長のおすすめ登山コース!最高の体験と感動を
<5月の一ノ倉沢ハイキングコース>
厳しい山の話が続きましたが、リスクを知ることは安全に山を楽しむための第一歩です。そこで谷川岳を知り尽くした佐藤隊長に、おすすめのコースを教えてもらいました。
「なんといっても、一ノ倉沢のハイキングコースは最高ですよ。特に新緑シーズンの早朝、木漏れ日の道が一番綺麗ですね」
谷川岳の地図を見ながら思い出すように話す佐藤隊長の表情が、ぱっと明るくなります。
「本格的な登山をするなら、西黒尾根コースが一番おすすめです。下半分は樹林帯で綺麗な森の中を歩き、中間地点からは森林限界(木が生息できる限界の高さ)になります。アルプス的な尾根や岩場があり、急登ですが登りがいのあるルートですよ。初心者には、ロープウェイを登った先から歩く天神尾根ルートが一番良いでしょう」
ただし、夏は雷が発生しやすいため、雷鳴が聞こえたらすぐに下山や避難行動を取ると良いとのこと。ロープウェイは雷が発生すると運行を見合わせることもあるため、遅い時間の行動は帰れなくなる可能性もあるそうです。
「早めに行動していただいて、お昼過ぎには帰ってくるのが安全に楽しむコツです」
<安全登山を祈って鐘を鳴らそう>
最後に、佐藤隊長から谷川岳や群馬県の山に来る方にメッセージをいただきました。
「山を楽しんでいただければ何よりです。しっかり下調べして来ていただき、万全の準備で来てください。」
取材中、幸いにも水上交番に救助要請が来ることはありませんでした。登山中、万が一トラブルが起こっても、頼れるプロフェッショナルたちがいる。安心感を抱きつつも、警備隊のお世話にはならないように山を楽しみたいと、心に深く刻みました。
<参考文献>
群馬県警察本部(昭和38).『この山に願いをこめて』二見書房
インフォメーション
沼田警察署 水上交番 谷川岳警備隊
住所:群馬県利根郡みなかみ町湯原1681-1
電話:0278-72-2049
山域別管轄:谷川・三国・武尊・上越国境・尾瀬・奥日光・皇海山など

杜澤こさゆ