千年の歴史を持ち世界へ羽ばたくこんにゃく。その恵みに感謝を捧げる下仁田「こんにゃく大國神祭」

こんにゃく大國神祭

更新日: 2026年04月10日

「ねぎとこんにゃく下仁田名産」。群馬の郷土かるた「上毛かるた」に詠まれるこの一句のとおり、群馬県下仁田町は日本一のこんにゃく精粉加工量を誇る、こんにゃく文化の中心地です。

群馬県民にとって、こんにゃくは幼い頃から当たり前のように食卓にあった「ソウルフード」。最近では海外でもそのヘルシーさで注目を集めていますが、その背景には、長年この土地でこんにゃくを育て続けてきた生産者たちの熱い思いが詰まっています。

そんな下仁田町では毎年、こんにゃくへの感謝と五穀豊穣を祈る神事「こんにゃく大國神祭」が執り行われます。凛とした空気のなかで静かに進む神事に立ち会うと、こんにゃくがこの土地の歴史や人々の暮らしとともにあり続けてきた存在であることを実感します。

ここでは、こんにゃくの魅力や歴史、そして「こんにゃく大國神祭」の様子もお伝えしましょう。

日本が生んだ奇跡の食材「こんにゃく」とは

こんにゃく

写真提供:下仁田町観光協会 こんにゃくいもと板こんにゃく

 

ゼロカロリーなのに満腹感——美と健康を叶える奇跡の食材

こんにゃくは、「こんにゃくいも」という植物を原料とする、日本ならではの伝統的な加工食品です。そのほとんどが水分でできていて、カロリーはほぼゼロ。グルテンフリーでもあることから、健康や美容を気にする方にぴったりの食材として、日本で古くから愛されてきました。

大きな特徴は、低カロリーなのにしっかり満腹感が得られること。こんにゃくに含まれる食物繊維「グルコマンナン」が水分を含んでぷくっと膨らむため、自然と食べ過ぎを防いでくれます。また、腸内環境を整えて便秘を解消したり、血糖値の上昇を緩やかにしたり、メタボリックシンドロームや生活習慣病の予防にも役立つといわれており、体の内側からキレイになれる食材として注目されています。

さらに、カルシウムの補給にも役立ちます。胃の中で溶けて吸収されやすいため、効率よく栄養を摂れるのも魅力のひとつです。淡白でクセのない味わいはどんな料理にもなじみやすく、今では日本食の枠を越えて、様々なジャンルの料理に使われています。

 

「Konjac」としてグローバルに広がる日本発ヘルスフード革命

日本の伝統食材として長く親しまれてきたこんにゃくが今、世界中でも注目を浴びています。欧米を中心に、低カロリーでグルテンフリーなヘルシーフードとして健康志向の方々の間で人気が広がり、「Konjac(コンジャック)」という名でじわじわとその存在感を増しています。

特に注目されているのが「しらたき」。アメリカでは「ミラクルヌードル」とも呼ばれ、パスタの代わりに食べるダイエット食材として親しまれています。淡白でクセのない味わいが各国の食文化になじみ、和食という枠をはるかに越えた広がりを見せています。

こんにゃく最大の産地、群馬県からの輸出も年々盛んになっており、日本食ブームやヴィーガン・ベジタリアン人口の増加を背景に、さらなる成長が期待されています。日本が誇るこの神秘の食材が、世界の食卓へと静かに、そして確実に広がりを見せています。

千年を超えて受け継がれる群馬のこんにゃく文化

こんにゃく

写真提供:下仁田町観光協会 味が染み込む群馬のこんにゃく

 

古くから親しまれてきたこんにゃくの歴史

群馬県は、全国のこんにゃく生産量の9割以上を占める日本一のこんにゃく産地で、こんにゃくの歴史は、はるか遠い昔にまで遡ります。

タイやミャンマー、マレーシアなどの東南アジアが原産といわれるこんにゃくいもは、仏教とともに中国から日本へ伝わってきたと考えられています。日本での最古の記録は平安時代の辞書「和名類聚抄」で、当時は貴族や僧侶だけが口にできる高級な食べ物でした。

鎌倉時代には仏教の広まりとともに、庶民の食卓にも登場するようになり、1776年に水戸藩の農民・中島藤右衛門がこんにゃく芋を粉に加工する製法を生み出したことで、全国への流通が一気に広まりました。諸説ありますが、群馬県には室町時代に紀州(現在の和歌山県)からこんにゃくが持ち込まれたのが始まりといわれており、その後、日本一のこんにゃく産地へと発展していくことになります。

 

3年もの歳月をかけて丁寧に育てられるこんにゃくいも

写真提供:下仁田町観光協会 3年の歳月と手間暇がかかるこんにゃくいも

 

何気なく食べているこんにゃくですが、実はその原料となるこんにゃくいもが育つまでに、なんと3年もの歳月がかかるのをご存じですか?

春にタネイモを植えると、秋には「生子(きご)」というこんにゃくいもの赤ちゃんが生まれます。これを収穫し、次の春に再び畑に植え付けたものが1年生。秋に収穫して2年生、さらに次の春に植えて秋に収穫するとようやく3年生となります。こんにゃく作りに使われているのは、この3年生のこんにゃくいもなのです。

こんにゃくいもは傷がつくだけでも病気になってしまうほどデリケートな植物。安定した栽培法が確立されるまでは、長年の経験と運頼みの部分が多いため、「運玉(うんだま)」と呼ばれるほど栽培者泣かせの作物でした。

収穫後の管理もとても大切。収穫したこんにゃくいもは畑で半日干してから風通しのよい日陰でしっかり乾燥させます。冬の間は新聞紙に一つずつ包み、風通しのよい場所で、気温が13度を下回らないよう気をつけながら春まで大切に保管します。

3年間、丹精込めて育てられたこんにゃくいもがあってこそ、私たちの食卓においしいこんにゃくが届くのです。

 

群馬がこんにゃく日本一の生産量を誇るワケ

写真提供:下仁田町 こんにゃく畑の様子

 

群馬県がこんにゃく生産日本一なのにはいくつかのワケがあります。

ひとつ目は、土地の特性。群馬県には火山灰が積もった深く水はけのよい土壌が広がっており、デリケートなこんにゃくいもの栽培にとても適しています。明治時代には南牧村で水車を使った精粉加工が始まり、下仁田町を中心にこんにゃく産業が根付いていきました。

 

写真提供:下仁田町 養蚕農家が栄えていた頃の下仁田町

 

そしてもうひとつの大きな理由が、養蚕業の衰退です。明治時代には県内世帯の半数以上が養蚕農家だったほど、群馬は養蚕が盛んな土地でした。しかし世界恐慌以降の海外市場の喪失や化学繊維の普及などにより養蚕業は衰退していき、使われなくなった広大な桑畑がこんにゃくいもの畑へと姿を変えていきました。他の県が別の作物に転作していく中、群馬県は栽培の難しいこんにゃくを長年作り続けてきたことが、今日の生産量日本一につながっています。

現在は昭和村、渋川市、安中市、沼田市、東吾妻町などが主な産地となり、群馬全体で日本のこんにゃく文化を支えています。

こんにゃくの聖地「下仁田町」で開かれる豊穣祈願の伝統神事

こんにゃく大國神祭チラシ

 

精粉加工量日本一!品質と伝統の「下仁田こんにゃく」

群馬県内で生産されるこんにゃく芋のおよそ半分が下仁田町に集められ、精粉加工量は日本一を誇り、こんにゃくの聖地として名を上げました。それはこの土地ならではの自然の恵みがあったからです。

こんにゃくいもは強い日差しや寒さが苦手で、水はけのよい場所を好む繊細な植物です。山の傾斜地に位置する下仁田町は、気候や土壌などこんにゃく栽培にピッタリな環境でした。さらに川幅が狭く流れが速いため、水車での精粉加工にも最適でした。このように条件がすべて揃ったことで、下仁田町のこんにゃく産業は大きく栄えていきました。

栽培から精粉加工まで、長い歴史と職人の技が息づく「下仁田こんにゃく」は、国内はもちろん海外からも注目を集める、日本を代表するブランド食材となっています。

 

豊作を祈願して執り行われるこんにゃく大國神祭

下仁田町の総鎮守、諏訪神社

 

そんな下仁田町で、毎年1月に「こんにゃく大國神祭」が執り行われています。下仁田町商工会と蒟蒻大國神祭奉賛会が中心となって運営するこの神事は、こんにゃくへの感謝と五穀豊穣を祈る、この地ならではの行事です。

「運玉」と呼ばれるほど栽培が難しく、生産者たちが長年心血を注いできたこんにゃくいも。その苦労と向き合い、栄えてきた下仁田町で、昭和40年代にこんにゃく価格の長期低迷という危機が訪れます。

当時の町長が事態の打開を願い、古くから町の総鎮守として崇められてきた諏訪神社境内の近戸神社に「蒟蒻大國主大神」を安置したことが、この神事の始まりです。昭和54年には下仁田町や商工会、農協など関係6団体が一致団結して奉賛会を発足。翌年1月19日に第1回神事が執り行われ、以来45年以上にわたり下仁田の冬の風物詩として受け継がれてきました。

令和7年6月に「下仁田町こんにゃく食べよう健康増進条例」が施行されたことが大きな節目となり、令和8年の開催から「こんにゃく大國神祭」と改められました。

 

蒟蒻大國神が祀られる近戸神社

 

こんにゃくをより身近に感じてもらい、その魅力を国内外へ広く発信することで町の発展を未来へつなげていきたい。そんな希望と決意がこの名前には込められています。

 

静寂と祈りに包まれた、神聖なる式典

厳かに執り行われる神事の様子

 

神事が執り行われたその日は、冬晴れの澄んだ青空が広がる穏やかな一日でした。会場となるのは、下仁田町の総鎮守「諏訪神社」、約770年の歴史を持ち、古くから地域の人々の暮らしを見守ってきた神社です。その境内に合祀されている「近戸(ちかと)神社」に、蒟蒻大國神が祀られています。

1834年に創建されたとされるこの神社は、東日本の民間信仰の神を祀る「千鹿頭神社」とも呼ばれ、狩猟や農耕、火防の神様として崇められてきました。明治41年に旧東村箕輪地区から現在の諏訪神社境内へと移築され、現在に至ります。

当日神事が終わるまでは、関係者以外立ち入り禁止。凛とした空気の中、定刻になると関係者が社頭に整列し、斎主の一礼とともに神事が幕を開けます。修祓(しゅばつ)の儀、献饌(けんせん)の儀と続き、祝詞の奏上が行われました。

その後、諏訪神社の総代長を筆頭に玉串奉納が行われ、来年の豊穣と下仁田町のさらなる発展を心に抱きながら、ひとりひとりが丁寧に玉串を捧げていきます。

撤饌(てっせん)の儀、斎主の一礼、乾杯の儀をもって厳かな神事は静かに幕を閉じました。

 

参列者の様子

 

参列者は近戸神社や諏訪神社をお参りし、お札を授かりながら、思い思いにその場をあとにしました。こんにゃくへの感謝と豊穣への祈りが静かに紡がれた、下仁田ならではの冬の一日でした。

インフォメーション

こんにゃく大國神祭

開催日時:令和8年1月19日(月)午前9時30分
開催場所:下仁田町諏訪神社境内
問い合わせ先:こんにゃく大國神祭奉賛会事務局(一般社団法人下仁田町観光協会)
電話:0274-67-7500 FAX:0274-67-7501

主催者:こんにゃく大國神祭奉賛会

・一般社団法人下仁田町観光協会・下仁田町蒟蒻消費拡大推進協議会

・群馬県蒟蒻原料商工業協同組合•JA 甘楽富岡農業協同組合

・下仁田町商工会

 

こんにゃく手作り食文化体験

下仁田町では、こんにゃく作り体験も実施しています。名人に教えてもらいながら、こんにゃくを手作りして味わうという、スペシャルな食文化体験ができます。詳しくは、下仁田町観光協会のHPをご覧ください。

お申し込みはこちら(下仁田町観光協会):https://kanko.shimonita.jp/event/jp/665

 

観光ぐんま編集室

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