伊香保石段街を歩き文学館や歌碑や句碑、様々な文学の香りに触れて新たな発見をしてみませんか。【ぐんま観光県民ライター(ぐん記者)】 | 特集一覧 | 心にググっと観光ぐんま

伊香保石段街を歩き文学館や歌碑や句碑、様々な文学の香りに触れて新たな発見をしてみませんか。【ぐんま観光県民ライター(ぐん記者)】

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更新日: 2024年04月13日

群馬県の魅力をぐんま観光県民ライター(ぐん記者)がお伝えします!

温泉だけでなく様々な楽しみが待っている伊香保の旅。推しの文学者だけでなく、この機会に今まで縁のなかった作家に触れ、新たな発見をしてみませんか。古くは万葉集、そして明治の文豪から現代の歌人俳人まで、文学にまつわる伊香保の見どころをご紹介します。ひと味違った伊香保散策をお楽しみください。

徳冨蘆花記念文学館ーー伊香保を全国に広めた明治のベストセラー「不如帰(ほととぎす)」の作者徳冨蘆花を記念する文学館

「上州伊香保千明の三階の障子開きて、夕景色をながむる婦人。年は十八九。品よき丸髷に結いて、草色の紐つけし小紋縮緬の被布を着たり。
色白の細面、眉の間ややせまりて、頬のあたりの肉寒げなるが、疵といわば疵なれど、瘠形のすらりとしおらしき人品。これや北風に一輪勁きを誇る梅花にあらず、また霞の春に蝴蝶と化けて飛ぶ桜の花にもあらで、夏の夕やみにほのかににおう月見草、と品定めもしつべき婦人。」 (徳冨蘆花「不如帰」 )

蘆花の代表作「不如帰」の冒頭です。主人公の浪子が美しく描かれ、読者は物語の世界へ惹き込まれていきます。「不如帰」は明治31年から國民新聞に連載され大ブームを巻き起こしました。何度も舞台や映画になり、この作品がきっかけで伊香保の名がさらに全国に広まリました。明治の美文調の名調子は、現代の読者には読みづらいと感じるかもしれませんが、伊香保散策の心の余裕のあるこの機会に是非文庫本を片手に、蘆花の名作を味わってはいかがでしょう。
徳冨蘆花は、1868年(明治元年)熊本で生まれ、同志社に学びました。兄は徳富蘇峰。1898年(明治31年)に義兄に紹介され現在の千明仁泉亭(ちぎらじんせんてい)に宿泊し、以降千明を定宿とし、1927年(昭和2年)9月18日、千明仁泉亭の離れにて永眠しました。彼が終焉を迎えた離れは、展示館のとなりに復元され、見学が可能です。常設展示室では、生前に蘆花が使っていた品々や、さまざまな資料が展示されています。

徳冨蘆花記念文学館
住所:群馬県渋川市伊香保町伊香保614番地8
電話:0279-72-2237
営業時間:8:30 ~17:00
定休日:毎週金曜日(年末年始12/29~1/3)
料金:大人350円、小中高校生200円

徳冨蘆花記念文学館

記念文学館に復元された、蘆花が最後の時を過ごした千明仁泉亭の離れ

蘆花終焉の部屋

常設展示室

創業1502年(文亀2年)の伊香保屈指の老舗旅館「千明仁泉亭」

およそ500年前、室町時代の連歌師、宗祇(そうぎ)が療養のためこの宿を訪れ、その効用を賞賛し「仁之(めぐみの)湯」と呼び、それが「仁泉」の名の由来との説があります。蘆花がこよなく愛しただけではなく、多くの文人墨客が逗留しました。それらの資料の多くが徳富蘆花記念文学館へ寄贈されていますが、宿のフロントから売店への廊下にかけて貴重な資料が展示され、宿泊客以外にも公開されています。(売店も一般客利用可)
宿にあるすべてのお風呂が、黄金の湯のかけ流しで、大浴場「仁之湯」は浴槽の深さが1mという贅沢な作りです。

千明仁泉亭
住所:群馬県渋川市伊香保町伊香保45
電話:0279-72-3355
受付時間:8:00~20:30

雪の残る千明仁泉亭

小説「富士」の完成の喜びを伝える蘆花の書簡

宿に宛てた蘆花の書簡の数々

伊香保文学の小径ー漱石の歌碑の謎

万葉歌碑と、鷹羽狩行(たかはしゅぎょう)、鍵和田秞子(かぎわだゆうこ)、深見けん二、岡本眸(ひとみ)、伊丹三樹彦の句碑などが仲良く小径(公園)内に並んでいます。
とりわけ私の興味を惹いたのは、漱石の歌碑でした。
漱石と伊香保の関係は、前橋の実家で療養中だった友人、小屋保治(後の大塚保治)と会うためこの地に逗留したのが始まりです。漱石は宿から以下の書簡を送っています。

拝啓仕候。小生義、今七時二十五分の汽車にあて出立。午後六時頃当地着。表面のところに止宿仕候。木暮武太夫方へ参り候処、浴客充満にて空間なく、因て同家番頭の案内にて両三家の空間相尋ね候処、思わしき処無之あり。とても一人にては先方にて困ると申すようなことにて、不得已当家に参り候。(中略)かかる処に長居は随分迷惑に御座候えども、大兄御出被下候わばいささか不平を慰すべきかと存じ、それのみ待上候。願くは至急御出立当地へ向け御出発被下度願上候也。余は後便に譲る。(明治27年7月25日 小屋保治宛書簡)

と保治の来訪を乞うています。諸説ありますが、このあと保治は漱石初恋の人とも言われる大塚楠緒子と結婚しており、この伊香保の地で大塚楠緒子をめぐっての話し合いがあったのではないかという研究者もいます。

そしてこの文学の小径の歌碑、

「めをとづれ 榛名がへりの山籠に ゆはへつけたる 萩美しき 漱石」

歌碑の隣の説明文には、この歌は漱石のものではなく、大塚楠緒子が漱石に宛てたものであり、伊香保ホテル松屋(廃業)にあったものを移設したとあります。なぜ楠緒子はこの歌を漱石に贈ったのか、なぜこの歌は漱石のものとして歌碑となったのか、疑問が湧いてきます。
保治と楠緒子の夫婦が榛名山を巡り、その籠に結わえ付けられた萩の花が美しい、この歌はそう解釈できます。萩の花言葉は「思案・内気」が有名ですが、花が小さく散りやすく、風に吹かれただけでほろほろと散りゆくさまから「残酷」という花言葉もあります。古くから和歌の世界で、恋慕の情のたとえとしても多く詠まれています。
有名な歌人である楠緒子が「萩美しき」に、なんらかの想いを込めて漱石に贈ったと考えるのはあながち間違ってはいないように思われます。
書簡にある木暮武太夫(歴代木暮家当主の世襲名)に紹介され漱石が逗留し保治と会った宿が、ホテル松屋と縁のあった宿屋で、その辺りの事情を良く知る粋人が、この歌碑を楠緒子ではなくあえて漱石の名で建立したのではないか・・・。文学の小径にある東屋に休息すると、そんなことを夢想してしまうのも、雰囲気のあるこの場所だからかもしれません。

謎の多い漱石の歌碑

「春蝉の声一山をはみ出せる」深見けん二

「ほとゝぎす湖畔の風は過去を呼び」鍵和田秞子

石段街に点在する文学の香り 

石段街の周辺には様々な文人の足跡を見ることができます。石段は365段あり、その中程に与謝野晶子の伊香保を描写した文章が刻まれています。

「伊香保の街」
榛名山の一角に、段また段を成して、
羅馬時代の野外劇場の如く、
斜めに刻み附けられた桟敷形の伊香保の街、
屋根の上に屋根、部屋の上に部屋、
すべてが温泉宿である、そして榛の若葉の光が
柔かい緑で 街全體を濡らしてゐる。
街を縦に貫く本道は 雑多の店に縁どられて、
長い長い石の階段を作り、伊香保神社の前にまで、
Hの字を無数に積み上げて、
 殊更に建築家と繪師とを喜ばせる。

そしてそのすぐ傍に、武骨で愛らしい作風さながらの金子兜太の句碑があります。

小鳥くる全力疾走の小鳥も

そしてさらに石段を登っていくと、
村上鬼城の句碑、

はるのよのふけてあふるゝ湯壺哉

大正15年岸権旅館宿泊の際に詠んだ句が刻まれています。
このほかにも、平井照敏、鈴木真砂女らの句碑があり、伊香保散策の楽しみのひとつとなっています。

石段にきざまれた与謝野晶子の文章と金子兜太の句碑

伊香保周辺の万葉歌碑

そもそも驚くのは万葉集第14巻東歌に9首もの伊香保を詠んだ歌があることです。
そしてその9首全てが、万葉歌碑となって伊香保周辺に11ヶ所(一首重複)存在します。興味のある方はそれぞれを訪れて鑑賞していただければと思いますが、そのうちの3基に重複している歌をご紹介します。

伊香保ろのやさかのゐでに立つ
虹の顕ろまでもさ寝をさ寝てば

歌の理解は個人それぞれですが、解釈は主に2通りかと思われます。
①伊香保(榛名山周辺)の高い堰から立ち昇る虹の様に、二人の関係があからさまになっても構わない、幾たびも夜をともにしたい。
②伊香保(榛名山周辺)の高い堰から立ち昇る水飛沫に朝日があたり、虹が立つ頃(朝)までずっと睦みあいたい。

いずれにせよ、万葉の時代のおおらかな男女の関係と、その時代の熱量のようなものを感じさせる歌です。この頃、虹は不吉なものと捉えられており、美しいものとして詠まれるのは平安時代からだそうです。古代から栄え大陸との往来も早かった群馬人の進取の気性を感じさせ、色彩が際立つ印象的な歌です。

水沢山登山道入口の万葉歌碑

おまけ

この万葉歌碑を訪ねた人で、しっかりとした運動靴を履き、天候が許すなら、水沢山登山道の中腹、「お休み石」まで登ることをお勧めします。行政とボランティアにより整備された登山道をゆっくり登ること小一時間、「お休み石」に着くと、ことのほか騒がしい小鳥の鳴き声に驚きます。胡桃などの木ノ実(無塩に限る)がポケットにあれば、掌に置いて手を伸ばせば、小鳥がついばみます。好奇心の強いコガラ・ヤマガラの群れなのでしょうか。

ここで伊香保ゆかりの詩人、野口雨情の童謡を紹介したいと思います。

森の小鳥(昭和11年)
スピツチヨスピツチヨ
   よい天気
朝おき小鳥が
   森でなく
小枝の上から
   のぞいたり
お空の遠くを
   ながめたり
スピツチヨスピツチヨ
   森に来い
小枝の上まで
   お友達
皆でそろつて
   とんで来い
お空の遠くも
   よく見える

水沢山中腹「お休み石」の小鳥(たぶんヤマガラ)

伊香保石段街を中心に、文学をテーマに散歩を始めましたが、思わず遠くまで来てしまいました。このほかにも多くの芸術作品に描かれている伊香保。好きな芸術家の名前に「伊香保」と添えて検索してみると、意外な発見があるかもしれません。
それぞれの趣味に合わせて、様々な伊香保の旅をお楽しみ下さい。

<参考文献>
漱石全集(岩波書店)
日本近代文学大系北村透谷徳冨蘆花集(角川書店)
定本野口雨情(未来社)
漱石天の掟物語、飯田利行編(国書刊行会)

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大塚拡成

九州出身、結婚で群馬と縁ができ、今では第2の故郷です。東に赤城、西に榛名、利根川の瀬音を聴きながらの生活に感謝です。